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廃帝の個人ブログです。 個人の趣味ネタをメインに更新していこうと思います。
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 風呂に入る時は半身浴をしながら本を読んでいる事が多いので、その日読んだ本を簡単に紹介します。
 入浴時間の関係上、漫画がどうしても多くなるのはご勘弁ください。
 ただのネタ不足解消の為のシリーズです(苦笑)


 今日読んだのは『修羅の刻(十三巻・裏)』著:川原正敏
 信長編の最終巻ですね。
 裏、という事は当然表もあります。が、内容はほぼ同じ。ただ最後が違います。
 何故、信長編の陸奥が双子でなければならなかったのか、最後に道を分かつ事になった二人の思いが描かれています。

 好きなシーンはかなりあるのですが、信長が、本願寺の信徒を何故虐殺するのか、という問いに対して「人を戦場に送り出すのは人でなければならないからだ」と答えるシーンはかなり好きです。
 当時、実際どんな時代の動きがあってそういう事が起こったのか、本当の部分は判りませんが、川原先生は、自分の思い描く当時の人物を最初から最後までぶれさせず、自分なりの解釈で喋らせるから面白い。
「信長がこんなことを言うか?」という疑問より、信長編を最初から最後まで読んできたら「この信長ならこう言うだろうな」と思わせる、過程を描く上手さがあると思います。

 虎彦と狛彦の最後の闘いは、ある意味何故陸奥が修羅なのか、という部分に結構触れている気がします。普通、少年漫画ならあの場面、本能寺で危機に陥っている信長を助けに行こうとする虎彦が限界以上の力を出して勝利する、という展開になりそうなのですが、限界以上の力を引っ張り出した虎彦に、ただ強い虎彦と闘いたいという願いだけを持つ狛彦が本来の力のみで勝利する、というね。
 闘いの最中、二人は「これが恐怖か……」、「これが歓喜だ……」と、その感情を表現します。
 相手の強さに対する恐怖と歓喜。どちらも修羅である陸奥には存在するものです。九十九も本当に強い敵には恐怖を感じながら闘っていましたしね。
 ですが、既に雑賀孫一との闘いで恐怖を知っていた狛彦は、今回の闘いでは完全に恐怖を歓喜が上回っていた。それが勝敗を分けました。
 陸奥一族の修羅というものの面白さは、単に闘いに喜びを感じるだけでなく、相手の強さをきっちり把握出来るが故に、勝てるかどうか判らない相手にちゃんと恐怖を抱ける部分にあると思います。九十九の代まで不敗ですから、読者視点では「勝つのは判っている」わけですが、実際に読んでみると運が勝敗を分けた、という決着が少なからずあり、どこかで不敗伝説が終わっていてもおかしくなかった、と思わせる描き方だからです。
 その僅かな勝利の糸を手繰り寄せるからこそ陸奥なのかもしれませんが、「不敗を誇る」というより「結果的に不敗が続いてしまっている」という感じが自分の中ではあります。九十九の発言からもそうかな、と思う部分があるし。
 ただ、「負けたい」という事では無く「負けるかもしれない」と考えつつ、最後は勝ってしまい不敗が続く、という陸奥の宿命を見ていると少し悲しくもあり、そこが面白い部分なんだろうな、と思います。


 今回は第一段という事で長々と書きすぎました。
 次回からはもっと短いと思います。

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